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いっそのこと福島第2原発稼働させろ [社会]

 数日前より日本中の原発が停止している。去年の事故以降原発は恐いのでほっとして、このままずっとそうならいいのにと願っている人も多いだろう。まあ稼働してなければ地震が来ても平気なわけではない。

 これから夏を迎えるが、停電なしに電力消費量ピークの季節を超えることは出来るだろうか?電力は原発などなくても余り余っているという人たちがいる。曰く、「原発なしでは電気が足りなくなる」などというのは、東電の作った真っ赤な嘘であると。原発の利権で甘い汁を吸いたい奴らが垂れ流すガセであると。東電に隠蔽体質があるというのは俺も認めるが、何もかもが嘘で電気は余り余ってるなんてのは、個人的には信用しがたい。特にその手の主張をする人たちにユダヤ資本がどうのとか陰謀論をふりかざす輩が多いのでなおさらである。そういう過激な反原発派は東電幹部以上に信用しがたい。やはり電気は足りるか足りないかギリギリなのでは?

 もし足りなかったらどうするか?節電。結構なことである。俺も今自分の部屋は劇団の資材で物置状態になっていて、ロフトで寝食をとっている。エアコンはロフトには効かないので使用しないことだろう。灼熱地獄に耐えて、節電に貢献だ!

 だが、節電してもまだ足りなかったら?もう少し足りなかったら?文明を根本から変革する?新しい発電方法の開発導入?長いスパンでは考えて行かなくてはならない方法かも知れないが、今夏には間に合わない。数ヶ月後のことを考える上では現実的じゃない。

 今止まってる原発のどれかを結局稼働させなくてはならないとなったとき、どの原発を稼働させればいいか?一番無難なのは福島第2原発だろう。世の中の空気に一番逆らう決断で、「福島第2だけはダメ」と叫ぶ人も多いだろうが、これには理由がある。

●その1、第2は第1と比べて地震、津波に強いようだ。去年の地震の同レベルのやつが来てもおそらく持ちこたえるだろう。福島以外の原発はどうか?非常に不安である。前例ないし。福島第2は実績を作ってしまったのだ。色んな偶然が重なってまぐれで持ちこたえたのかも知れないが、それにしても耐震、対津波対策がほかより立てやすいのではないか?

●その2、地学上の理由。地震はどういうメカニズムで起こるか?一概には言えない複雑なメカニズムがあるとは思うが、あえて簡略化して言えば、地中のあるポイントプレートとか)にストレスが蓄積し、それが許容限度を超えたときに地震が発生する。だから大地震が起きたばっかりの地点はしばらくは大丈夫・・・なんて簡単に言い切ってしまえるものではないが(メカニズムは複雑なので)、今後数十年〜数百年最も大地震が来る確率の低いエリアは去年来たばっかりのエリアだろう。人情として、来たばっかりの地方が地震の不安も大きく対策も重点的になされるが、それは正しいとは言えない。

●その3,これが一番非情で市民の反感を買いそうだが、万一地震が起きてしまったときのダメージパニックに関して。第2原発周辺はもう余り人が住んでいない。避難してどっかに行ってしまったのだ。既に避難して住民が減っているエリア。そんなエリアこそパニックとダメージを最低レベルの抑えるのに最適なエリアではないか?

 以上の3点により、もし日本のどこかの原発を再稼働させざるを得ないとしてもっとも最適なのは福島第2原発ってことになるだろう。だが、おそらく政治も電力会社もそんな決断はしないだろう。人間には感情ってものがあるからだ。どれかを稼働させるってなったら、「この数百年、千年で地震の記録があまりない地域」の原発を選びたくなることだろう。だが、場合によってはそれが一番危険かも知れない。

 感情論は危険な側面を持つが、人間の本性としてそれから逃れることは出来ない。理性はそんなに強くないのだ。

タグ:原発 福島
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今更ながら紅白歌合戦の感想

つっても紅白放映中は仕事中だったのでほとんど観てない。合間に休憩所みたいなとこ行ったらテレビついてて紅白流れてた。椎名林檎のところだけ見た。振り付けが苦手なタイプだなー、と思ったらやっぱりコンテンポラリーだった。 

あの手の人たちが仲宗根梨乃が振りつける韓流アイドルダンスの悪口とか言ってんだろうな。「レベル低いねー」とか言って。俺に言わせればちゃんちゃらおかしい。 

「かっこいい」とはどういうことか?が分かってないもしくは関心ないけれど気取りたい気持ちだけは人一倍の人たちが集まる現場、それがコンテンポラリーダンスの世界。 

というわけで今回の紅白歌合戦の感想は「俺はやっぱりコンテンポラリーダンスが嫌い!」

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すげえなビジュアル系 [文化]

この広告しょっちゅう見るけど・・・ 

http://www.vantan.com/campaign/visualmake/?aid=pckwvm1009&cid=pc_gorm_pro_hm_ma&s_kwcid=TC 
ビジュアル系バンドに特化されたヘアメイクアーティストって・・・そんな確立した職業があるんだ。そして学校で専攻するほど需要があるんだ。 

ビジュアル系ってずいぶんとシステムが完成された産業なんだな。ビジュアル系専門のスタイリストとかもどっかで養成されているのか?バンドの皆さんはインディーズでライブ活動しながら「ビジュアル系専門作詞講座」や「ビジュアル系専門ボイスレッスン」に通ったりするのか?だからみんな発声法が似通ってるのか? 

レコード会社から「君たちもそろそろメジャーデビューだから」って紹介されるのか?「俺たちもそろそろ売れてきたからプロのメイクが欲しいな」なんてバンド内の会話があるのか? 

そして、ラルクとかは「うちらビジュアル系じゃないんでそこの出身者はNGです」って言ってるのか? 

彼らのメイクって自前または売れない頃からの仲間とかがやってるのかと思った。 

教室で机並べて、「はい、みなさん今日は髪の逆立て方です。目標は1m」とかやってるのか?「そのアイメイクはいくらビジュアル系だからって濃すぎ!センス悪いよ」って怒られたりするのか?(センスはそもそも悪いだろ?) 

生徒さん達はビジュアル系メイクを一生の仕事にするつもりで通ってるのか?多分それは無理だよ。 

とりあえずビジュアル系なる音楽ジャンルがアウトローさ、既成概念への反逆なんてのとは無縁のもので、背徳や退廃、精神錯乱を歌ってもそれは形だけのものだってことがよく分かった。 

いや、前からそう思ってたけど。

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本公演PV [活動記録]

http://www.youtube.com/watch?v=pJdAy8qVnVc&feature=player_embedded
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「ひとつになろう日本」 [社会]

ホテルなどが原発からの避難者を宿泊拒否 
○避難所が原発からの避難者に放射線検査の「スクリーニング」の証明書を要求 
川口医師会による避難者への診療拒否←今ここ 

−今後予想される事態 

●主婦の井戸端会議 

「あそこに越してきた○○さんって原発の町から来たんですって」 
「あらー。怖いわねえ。」 

小学校で 

「やーいやーいヒバクヒバク」 
「ヒバクしてないよお」 
「近づくんじゃねえよ。あっち行けヒバク」 
「痛い痛い 石投げないで。先生、助けて」 
「○○君は隅の方でおとなしくしてなさい」 

●あるいは近所のご家庭で 

「○○さんちの子とは遊んじゃいけません」 
「なんで」 
「放射能がうつるでしょ」 

そして、越してきた家の塀一面に落書きが 
「放射能は町から出て行け」等・・・ 

以上の事態はこの後絶対起こる。非難や怒りを書き連ねるつもりはない。誰も非難など出来ない。人間なんてそんなもんだ。 

TVをつけると、アイドルタレントスポーツ選手が満面の笑顔で連呼しているのが聞こえる。「ひとつになろうニッポン」・・・

タグ:原発
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どこまでもダメな日本映画 [文化]

 トレンディ全盛期に主役張ってた男優って陣内とかギバちゃんとかだよな。今思うとたいしたイケメンじゃない。まあイケメンはイケメンでいたけど。吉田栄作とか。今の最初にイケメンありきのドラマ映画制作体制を形成したのはトレンディドラマ全盛期で、トレンディ崩壊後もそれに続く新機軸など打ち出せず、惰性でイケメン主導型の制作体制なのかと思ってたら、今の方がひどいのかも。ジャニーズの力も今の方が強いしな。

 まあ要するにやる気無いんだと思う。この間「東京島」の映画のやつみた。原作は桐野夏生なので、大好きな作なんだが、まあなんというか、ひどいものだった。はっきり言えることは作り手側に桐野ファンが1人もいないだろうってのが明白に伝わってくる。つうか作り手不在?誰かの表現意欲があってこうなっているという気配がひとつもない。

 これは商業だから、エンタメだからでは済まない。ハリウッドではそんなことない。実態はどうか知らないが、客として観る限りスピルバーグならちゃんとスピルバーグだし、サム・ライミならサム・ライミだし、ティム・バートンならティム・バートンだし、娯楽大作でも誰かの意志で創作が貫かれた気配がちゃんと漂っているし、「表現」になっている。

 やる気ない癖に話題作やら過去の名作の映画化には何故か旺盛なのも不思議だよな。誰かバカなプロデューサーが「次はカムイで」とか「次は明日のジョーで」とか決める。といって原作に思い入れのある誰かが企画を進めるのではなく、それと別な政治力学で脚本家やら監督やらがセレクトされ、ジャニーズその他アイドル系俳優が起用される。「イケメン」+「名作・話題作」というシュールな抱き合わせ企画が出来上がり、結果「原作レイプ」の評判が巻き起こる。これが一つの恒例のパターンとして定着しているようだ。

 そんな感じでひどい現状なので、もう日本映画など観る気もしないわけだが、これはひどいという例をみた。

 たとえば、ヤマトなどもともとヤマトファンじゃないからキムタクがやろうがえなりかずきがやろうがどうでもいいし、ヤマトファンだったとしても観ないだろうが、百歩譲って「実際アニメ・漫画の主人公もハンサムに描かれているんだからキムタクでビジュアル上は問題ないだろう」とは言える。実際の出来は別として。

 明日のジョーのジョーだってかっこいいではないか?漫画上でも。岩みたいな顔の役者にやらせるわけにはいかないだろう。

 カムイは大分問題あるきがするが・・・カムイだってブオトコにやらせるわけいかないだろ?

 カイジは・・・カイジがアイドルルックスなのは相当にまずい気がするが・・・

 で、極めつけがこれだ。

 このアフロ兄ちゃんの役を小栗旬がやるという。

 まあ俺はこんな漫画ファンじゃないつうかどっちかっつうと嫌いだから心配する筋合いもないんだけどね。俺は好きじゃないけど人気漫画らしいのでファンも世間には多いはず。ファンがどう思っているか非常に気になる。

 おっちょこちょいで不器用そうだけど一本筋が通ってて愛せるキャラの主人公ムッタ君。これを日本を代表する美男子俳優がやると全てが台無しになりそうなんだけど大丈夫か?

 ひそかに思いを寄せるせりかさんにドキドキしたりするところでファンは笑うんだろうが、イケメンがドキドキしたらまったく別な絵になる。笑えるのか?まあ俺はそもそも笑わないからどうでもいいんだけど。

0Gr_5l4_oK4J.jpeg小栗旬が髪型とかちゃんと原作風にいじってて非常にシュール。
まあ、俺はファンじゃないので「ざまあみろ」ぐらいな気持ちにしかならないけどね。

こんな調子で将来は「最強伝説黒沢」をキムタクでとか企画するバカが出てきそうだ。今は他人事だが心配なのだ。


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小劇場のやつらは千羽鶴でも折ってろ

ハイチに千羽鶴折り機を 東大阪の町工場が寄贈
http://kyoko-np.net/2010020201.html

これは虚構新聞なのでジョークなわけだが、

ニュージーランドに勇気運べ、語学研修中止の中学生が折り鶴作製/横浜


こちらは本当である。

ハイチの時もやってたな、千羽鶴。

こういう記事を読むと思い出すのが、かつて「えんげきのぺーじ」なるサイトで盛り上がったとある議論。
それは、ネット上で評論家でもない一般客が作品を自由にけなしたり、コケにしたりするのは是か非かみたいな議論で、例えばラーメン屋入って金払って食べてすごく不味かったら、ブログとかに「不味かった」と書くのはどう考えても個人の自由で、また参考にする人もいるだろうから社会的に意義のある行為とも言えるし、是以外に答えなど見つからない筈なのだが、実作者の側からは「けなさないで欲しい」「言いたいこと自由に言わないで欲しい」という驚くべき主張がなされていた。

その根拠が「一生懸命爪に火をともす思いで作っているから」だと言う。一生懸命作っているものを簡単にけなすのは失礼だという論理。俺にとってはあきれるような論理で、つうか論理といえるシロモノですらなく、早速「批判は自由」の側で投稿発言したが、なんか相手にされなかったな。

千羽鶴もきっと一生懸命まごころを込めて折っているのだろう。現地人にとっては何も嬉しくないむしろ侮辱を感じるような贈り物でもこちらは一生懸命心を込めて作ったのだから受け入れろという論理。大いに似ているね。

背景には日本人特有の精神主義があると思う。努力は美徳、根性は美徳、理屈は許さんみたいな価値観。ゴキブリコンビナートなんかは集団行動の苦手なマイペース人間のあつまりで、ハイチの千羽鶴の話がバカにすべき笑い話として扱われる空気だけど、他の劇団は違うんだろうね。学生達がやる部活の演劇もそうだし、小劇場や新劇とかもきっと演劇にはそういう精神主義が蔓延しているんだろう。そこでは「一生懸命つくったものには文句言うな」という「論理」がまかりとおる。誠に持って恐ろしく、ますます他劇団との交流を閉ざす気に拍車がかかる。

ゴキブリコンビナート以外の演劇人に千羽鶴折る人を笑う資格はない。「一生懸命やったんだから批判するな」と主張する人たちに笑う資格はない。笑うな。つうかむしろお前達も折れ、千羽鶴。ニュージーランドに向けて折れ。送れ。


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ざまあみろ村上隆チルドレン [雑感]

サブカル展「不快」苦情で中止 
http://www.sankei.jp.msn.com/life/news/110202/art11020223290006-n1.htm

 東京渋谷区の百貨店「西武渋谷店」で開かれていたサブカルチャーの展示会が、客の苦情を受け、会期途中で中止されていたことが2日、分かった。

 同店8階の美術画廊では、1月25日から2月6日までの日程で美術展「SHIBU Culture~デパートdeサブカル」を開催。国内アーティスト二十数人による絵画や写真、人形など約100点が展示されていた。しかし、「百貨店で開く展示会としてはふさわしくない」といった趣旨の苦情メールが数件寄せられたため、同店は「不快だと思われる方がいるのであれば中止すべきだ」と判断し、1日に展示を中止した。

 同店の担当者によると、「メールの送り主の年齢などは不明だが、特定の団体からの抗議ではないようだ」と説明。「中止に対する問い合わせは数件あったが、目立った苦情はない」としている。

まず、本来ファインアートはサブカルチャーの対立概念であって、両者をかねるなんて定義上ありえない。出展者の作品をいくつか見たが、どうみてもご立派なお芸術作品ばかり。とても大衆向けの作品には思えないものの数々。 

では、何故アートがサブカルを気取るなんて事態が生じるのか?これは80年代のニューアカだのカフェバーだのが流行った時代に生じた「ステイタス主義サブカルチャーブーム」に起因する現象だ。DCブランドのスーツ着てカフェバー行って浅田彰やゴダールを語ると自分がワンランク偉くなったような気がする、そんな錯覚を味わって喜んでいた時代に「サブカルチャー」というキーワードが口にされるようになった。それ以降日本では単に大衆的なもの、たとえば浜崎あゆみとかB'zとかウッチャンナンチャンとかではなく、漫画なら岡崎京子とか、映画ならアッバス・キアロスタミとかセンスがあってプライドがくすぐられる消費の形を表現する言葉となった。 

で、その潮流は90年代〜21世紀と流れる中で、完全に若者文化のメインでは息を潜めたと思われるが、なぜか一部の狭い世界ではそういうノリが未だに生き残っていて、例で言うとダンス、アート、小説。 

「ざまあみろ村上隆チルドレン」と題したが、ポップとアートのステイタス高げな融合(勘違い)をより本格的に志向してるのは昭和40年会の輩でだろう。同じ穴のムジナのくせに「40年会は村上隆なんかと違う」なんて言ってそうなバカが多そうなのであえてそういう表題にした。いや、違うだろうけど上記で述べた観点ではそう違わない。 

ファインアートそのものが地位の高い文化なのだが、その上サブカルも導入したいってんだからよっぽどステイタス大好き、あらゆる場面でヒエラルキーの頂点に立たないと気が済まない、そんな気質の持ち主なんだろう。恐ろしい性格の方々だ。身近にいて欲しくない。 

まあそんなやつらが西武だかパルコだかと組んで何をしようが別によくて「おいしい生活」とか一生言ってろとか思うんだけど、ファインアートにもステイタス主義サブカルにもアンチをぶつける立場で長年やってきたものとしてちょっとコメントしてみたかった。

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土俵ガールも俺のアイディア [文化]

こんなタイトルばかりつけていると、誰かに怒られそうだ。

草間彌生の名前を初めて知ったのは、「ウォーホルは私のアイディアを盗んだ」なる発言を見たときで、「何だ、狂った人が美術界にはいるもんなんだな」と思ったもんだ。作風とか知る以前の話。「思いついたことがどんどん他に漏れてく」と感じ始めたら、注意!統合失調症の初期症状だから。

まあ、以上の話は本筋に関係ない。前回の日記で、「どすこいガール」なるタイトルの映画について語った。日本映画というバカ業界が、俺のバカアイディアを実現する前に発表しようと。そしたら数日もしないうちにこんなタイトルを目にした。


「土俵ガール」だって!



いやーすんでの差だったな。あんとき書いといてよかった!もちろんアイディアパクられたなんて本気で思ってないよ。一応言っとくけど。パクってもない。偶然だろう。それにしても直後の話なのでビックリした。

映画でなく、ドラマだって。佐々木希主演だって。佐々木希主演なんで当然力士役なわけじゃなく、本人は「まわしを締めるシーンがあったらどうしよう」なんてわざとらしく言ってるけど、監督役だそうだ。

ドラマ界も相当にバカでチープで安易だな。え?映画界よりドラマ界のほうがそうに決まっているって?そんなことない。特に最近は。桐野夏生作「OUT」の映画版のひどさとドラマ版の面白さを比べるまでもなく。本来TVより芸術的で、本格的で、真面目と言われる映画の方が腐ってるのが今の時代なんだ。といってドラマも相当にひどい。飲み屋で嬢を侍らせながらヘラヘラと談話。さんざんゴルフや車の話で盛り上がった後に、「じゃあ次のタイトルは『土俵ガール』で「ああ、それでいいっすね。ギャハハ」なんてテキトーに決めてる絵が心に浮かぶ。TV業界なんてきっとそんなもんだ。

飲み屋の馬鹿話をそのまま作品の方向付けに持ってくなんて・・・まるで俺。

まあどっちにしろ先に書いといてよかった。俺が先だよ、先!

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ソフトボーイは俺のアイディア(なんちゃって) [文化]

 「ソフトボーイ」なる映画のタイトルをきいたとき、「あれ?どっかで聞いたことあるなあ。」と思ってたら、自分の書いたメモの中にあった。そのメモは、新しい映画のアイディアを書きためてどっかに持ち込もうとしたわけでもなく、自分の芝居のネタにしようとメモったものでもなく、まさにこのブログのために書き込んだものだった。

 「なんとか少女」だの「なんとかガール」だの「なんとかボーイ」だの馬鹿の一つ覚えのように判で押したようなタイトルで量産される日本映画たち。おおかたが、「女子がメインとされているスポーツに打ち込む男子がいたら?」「男子がやるものと世間で認知される競技に打ち込む女子の話」みたいな「性の越境」とりあげたもの。この謎のブームの火付け役は恐らく矢口史靖監督。ビッグコミックスペリオール誌で新婚夫婦の男女が入れ替わるという「転校生」の焼き直しのような漫画の原作を書いて以降、「性の越境」にご執心のようだ。変態?

 そこで俺は、次にどんな「ガール」が来るか、「何ボーイ」が来るか、適当に考えをめぐらし、くだらない予想を立てて楽しもうと思った。いくつかたまったらこのブログに書いてやろうと、メモに書き留めた。その中に「ソフトボーイ」と書かれていたのだ。ふざけて立てた予想がそのまんま的中!日本映画界がいかに腐ってて、安易で、テキトーでくだらないかお里が知れる結果と相成った。

 そんなわけで、メモは未だ一本の記事が書けるほど充実しておらず、未完成なのだが、のんびりやってるといつの間にか俺以上に馬鹿で腐ってて下らない日本映画界が次々に俺のふざけた予想を先に実現していって発表の機会を永遠に失ってしまいそうなので、もうここで発表してしまうことにします。次に来る「ボーイもの」「ガールもの」は何か?

●「チアボーイ」   「フレフレ少女」とかあったから、当然考えられるタイトル。もちろんチアボーイとは、あの男臭い応援団のことなどではなく、チアリーディングをする男子のこと。赤や黄色のスコートをひらひらさせて舞い踊る男子軍団。気持ち悪いことこの上ない。

●「ティーボーイ」   男子茶道部の話。茶道に打ち込む青春。なんかとてつもなく地味な映画になりそうだな。華道もありだと思ったが、あのオカマが脳裏をかすめる。華道男子は割と普通かも。

●「薙刀ボーイ」    薙刀は武道だから別に男子がやっても違和感ないかもな。

●「どすこいガール」  女子相撲部の話。屈強かつ超肥満なトップレス女子達が大集合、そしてバトル。ちゃんこ馬鹿食い。強烈なしごき。これは実現されるんなら是非見てみたいが、基本的にこの手の映画はまずアイドルありきで作られるので日本映画界では絶対に通らない企画だろう。

●「ガンプラガール」  ガンプラにかける青春。最近では、ガンダムやエヴァを熱く語る女子もそう珍しいものではなくなってきたようだ。だが、ガンプラはやはり今でも男子の専売特許なのではないか?まあオタク界のことにはあまり詳しくないからよくわからないが。

●男子シンクロ部の映画があるなら男子新体操もありそうだと思ったら、現クールでドラマでやってた。みてないけど。

まあ、男女平等が叫ばれて久しく、性差だの性役割だのが大昔より格段に縮小し、男子のやることはたいてい女子もやるし、女子のやることもたいてい男子がやる昨今、この路線ででなかなかインパクトのあるネタは生み出しにくいと言えよう。また何か下らないの思いついたら書き足してく。俺以上に馬鹿で安易でテキトーな日本映画が打ち出す前に。

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