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1人の変態が出来るまで [雑感]

 かつて東北の寒村に1人の少年がいた。小学校時代は活発でひねくれたところのない子供だった。
 サッカーが好きで走るのもまあ得意だったので、中学校に入ったらサッカー部が陸上部がいいなーと思っていた。田舎の中学校はほぼ全員が運動部に入る。部活やらずに帰宅する子は少ない。
 だが、いざ入学してみたらサッカー部も陸上部もなかった。Jリーグなどない時代だったが、小規模な学校とはいえ、部活のラインナップにおいて、サッカー部の優先順位は高いはず。だが、なかった。剣道とか柔道はあったので、偏った部活編成だったと思われる。で、少年はどうしたか?どこにも入らなかった。クラスのほとんどが部活に所属し、放課後を過ごす中、1人帰宅するようになった。この頃の子供は部活などで人間関係やらいろいろと学び、またスポーツに熱中することが青春の思い出となり、のちの人格形成に影響をもたらすのだろうが、それがなかった。少年は大人になり、振り返ってこういう「中学にサッカー部、陸上部がなかったことがそもそもの始まりだったと思う」
 1人家に帰っても周りは田んぼと果樹園と森しかない。クラスメイトはみんな部活。遊ぶ相手も場所もない。少年は本を読むようになった。「中高時代が一番本読んでたなー。今はあまり読まない」大人になった少年は当時をこう語る。
 それと連動してかつて活発で社交的だった少年は寡黙になり、クラスメイトたちの馬鹿騒ぎにも積極的に乗らなくなり、マジメでおとなしいやつというポジションをクラスの中で勝ち得ていく。当時校内暴力全盛期で、ちょっとへタレ目の生徒ですら、すこしはヤンキーテイストをライフスタイル、ファッションに取り入れていて、クラス総ツッパリ化現象が起きていたが、そのウェーブにも乗れなかった。すでに「マジメ枠でいいや」と思っていたので、乗ろうと言う気もなかった。え?イジメられたんじゃないかって?気がつかない形でのイジメはあったかも知れないが、明確な迫害はなかったよ。あまりに異質なものは打たれないものだよ。
 自らの真面目さに洗脳されたのか、高校に入るとガリ勉ってかっこいいなという妙な価値観に取り憑かれ始める。学園ドラマとかで出てくる青春を謳歌してるクラスメイトを冷たい目で見下ろしている嫌なやつ。ああいうのにちゃんとなりたいという謎の価値観というか美意識にとりつかれていった。「こいつ実は勉強家だな」と思われているクラスメイトは他にもいる。だが、ガリ勉感むき出しで学園ライフを過ごしてる奴は実際にはそういない。
 そこでガリ勉の限界にトライする日々がある期間続く。どのくらいガリ勉だったかというと、休み時間はもちろん机に向かっている。体育祭的なものは休む(勉強のため)。文化祭も休む(勉強のため)。不思議に先生に怒られることはなかった。で、修学旅行も行かないと言い出したのだが、これはさすがに親、教師両方に止められた。しょうがないので勉強道具離さないまま修学旅行を過ごしきった。
 当然オナニーもしなかった。時間、体力の無駄というより、性への関心自体が膨大なエネルギーを奪うと思っていたので、性への関心禁止を自分に課した。ところがそんなのうまくいくはずないよねー。性欲真っ盛りなんだから。当然時々夢精する。今でもそうなのだが結構明晰夢の持ち主である。つまり、「あ、夢だ」と自分で分かる。調子いい時は夢の内容をコントロール出来る。夢の中ぐらいいいだろ?エロいこと。と、夢の中の自分が思う。で、夢精するんだけど、当時の夢の内容はすべてレイプだった。高校は男子校だったので中学に戻ってクラスメイトを犯した。何故か一番憧れていた娘はターゲットから外していたのが今となっては興味深い。「イチャイチャする夢とか見てないなー」と、大人になった少年は語る。
 当時はエロ動画もエロビデオもない時代。エロ本読みたいなーと心のどっかで思っても性禁止なので買わない。ちょっとエッチなシーンのある少年マンガとかみんな読むんだけど、当然マンガ禁止も自分に課しているので買わない。で、少年はどうしたか?目を背けようとも溢れてくる衝動をどうしたか?ついに我慢しきれなくなって、自分のエロ妄想を絵心まったくない下手くそな絵で表現し、眺めていたのである。エロ絵描くんならエロ本やマンガ買ってもいっしょじゃんって思うだろ?全然禁欲になってないじゃんって思うだろ?全くそのとおりなのだが、まあ人間とはそういう矛盾した愚かな生き物なのである。
 ある日家を片付けていた母親にその絵が見つかった。その絵の内容というのが…裸の女性がまあ描かれてるのだが…回転するノコギリで拘束された女性の股間を破壊してる絵だった(吹き出す血も描かれてた)…この事件はものすごく恥ずかしかったが、母親のショックの相当なものだったろうなー。
 自らの性衝動に背を向けすぎて歪んでしまったものと思われる。そのうち「エロ本はダメでも読書ならいいだろ?文学ならいいだろ?」という合理のかけらもない「法の例外」を自分に認め、エロい本を読み出す。富士見ロマン文庫というのが当時あって、エロの名作を出していた。サドとかアポリネールの「一万一千本の鞭」とか「O嬢の物語」とかそうそうたる品揃えだったが、俺が注目したのはビクトリアン・エロチカと言われる一連の作品だった。ビクトリア王朝の頃のイギリスは女性が厚く保護され、女性の地位が高かった。するとその反動で男たちは女性をいたぶり虐げる小説を書き、地下出版し、密かに流通させていたのだ。「A Man With a Maid」シリーズというのがあり、とある貴族があるお屋敷に引っ越したら、何故か地下室があり、様々な拘束具がおかれた拷問部屋を見つける。その部屋を利用して反抗的なメイドを…というやつで、愛読していた。読みながらオナニーすればいいのに、オナニーは禁止なので、読みながらいつしか眠り、その夜は夢精…というのを繰り返していた。
 まあそんな高校生活を送っていたのだが、やはり若き衝動には逆らえない。ついには我慢しきれなくなり、オナニーを解禁してしまうのだった。それが忘れもしない高校3年の元日だった。受験上一番大事な時期。もう数ヶ月我慢すればいいのにね。
 大学入って一人暮らしが始まってからはもう、オナ禁とか関係なくなり、エロ本とか普通に買うようになる。だが、その時点で買うのはSM雑誌とかだった。ノーマルなのに興味がなくなっていた。そしてずっと何十年もそのまま変態だと、大人になった少年は語る。そして、彼は話をこう締めくくった。
 「若い時は普通に回りの男子とバカなエロ話して盛り上がったり、スポーツに勤しんだり、恋愛したりしたほうがいいよ。禁欲は歪んだエロを生むよ。まあ全ての原因は中学校にサッカー部がなかったことだな。」

 これを読んでる親御さんで「ウチの子供は反抗しないし、手がかからなくていいなー」と思ってる人。逆に心配しましょう。その子供は変態になるかもしれません。
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