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ローリエvsスゴレン [雑感]

ローリエというスイーツ女子向けサイトがある。



男子が大喜びする「女子の甘え方」という記事


http://www.excite.co.jp/News/laurier/howto/E1456714862206.html


気になるアイツにモーションかけたい女性の皆様、どんな甘え方が効果的なのでしょうか…



(答)肩に頭を乗せてくる



え?好きな女性にこれやられたら確かに嬉しいけど…つきあってもないのにこれやるの?ビックリするんだけど。怖いんだけど。あ、すでに付き合ってる男女の話なのかな?だとしたら、これ、情報価値あるの?つきあってて、肩に頭乗せられて「可愛いなあ、こいつ」と思ったとして、この記事読んでのことだと発覚した時…恐怖しかないんだけど。



どっちにしても怖いんだけど。



答は他にも紹介されている。見てみよう。



(答)「会いたい」



はいはい。確かにその通りですね。好きな子からは「会いたい」って言われたいですね…



なんだこれ。真っ先に思いついてベタすぎて真っ先に除外するような答を乗っけて、なんなんだ?



さぞかし頭空っぽの遊んでます遊びまくりすぎて何もまともなこと考えられなくなりました風のギャルが書いてるのかと思ったら…


http://profile.ameba.jp/hitomishoh/

おっさんが書いてた。



おっさんの他の記事見てみる。



モテればモテるほどなくしがちな4つの”あれ”


http://www.excite.co.jp/News/laurier/howto/E1456223070916.html



こんなタイトル見たらさり気ない中にも深い人間洞察がかいま見える記事で唸らせてくれるんだろうと期待するのが人情ってもんだ。



ところが…



(答)スマホの充電(理由はメールを頻繁にするから)



はたまた



(答)お金(デートを頻繁にするとお金がかかるから)



全ての答が元も子もなく、何のひねりもなく、ど真ん中直球で攻めて来る。浅く、安い。そして参考にならない。



まだ恋に恋してる思春期向けに書いてるのかなー。にしたってねー。「なかよし」や「りぼん」だってもう少し複雑な心理の綾を描いてると思うんだけど。



恋愛指南書ってみんなこんななのかなー?…って思った時、もう一つ別のその手のサイト思い出した。



そう、スゴレンhttp://www.sugoren.comである。昔とあるサイトのニュース欄からついついリンクを踏んでしまってしまってその度後悔してたあのサイト。今はどうなってるのでしょうか?



女の子が「この人、私に気があるな。」と思う瞬間9パターンhttp://www.sugoren.com/report/8/



「気になるあの子、俺のことどう思ってるんだろう?憎からず思ってくれているといいんだけど」


そんな気持ちを抱いて日々を過ごす男性も多いはず。さあ、この記事読んで女の子の無意識レベルで放つ微妙なサインをキャッチしろ!!



(答)やたら褒める



「そうか、やたら褒めてきたら俺に気があるかも知れない、その可能性が高いってサインなんだな。これは見逃しがち。貴重な情報だ。勉強になった」



って…なるかーい!



頼りないのになぜかモテる「母性本能をくすぐる男」の特徴9パターン


http://www.sugoren.com/report/1416574031269/



(答) 栄養が偏っていてガリガリに痩せているなど、生活能力に不安がある



そういう事例も世の中にはあるだろうけど…「ちょっとあの子の母性本能をくすぐる作戦で振り向かせて見ようかな?」と思いを巡らす男子がこれ読んで何かメリットあるのだろうか?



さて、皆様いかがだったでしょう?きっと両サイトは双方をライバル視してるのではないかと察っせられますが、外から見ると幼稚さの競い合いみたいです。



人の数だけ恋愛のパターンはきっとある。あなたの恋愛はあなただけのもので、攻略法もあなた自身が見つけ出すしかない。他人のアドバイスなど期待するだけ無駄ってことですかな?



いや、そんなことはないと思う。その辺の人でも普通にもうちょっと次元の高いアドバイス出来るはず。


今後も両サイトともにそののぶっ壊れ具合を見守っていきたい。



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パンチカーペットを裏面使いして何がそんなに偉いのか? [雑感]

 ほぼ毎号買ってる青年漫画誌に一時「エンゲキの人」がコラムを連載してた。もう終わったけどな。当然そんなもの読みたくないので飛ばしてたが、時につい読んでしまって当然のごとく不快な気分になり、「もう二度と読むものか」と後悔するのだが、またしばらくして…って感じで何回かは読んでしまった。
 覚えているのは…その人は演出家なので仕込みには参加しないが(俺は材木の発注から資材のリストアップから全部やるけどな。まあ俺は特殊なので)、なんか時間が空いたのでぶらりと仕込み現場に見学に訪れたらしい。そしたら床材を貼ってるところだったらしい。そしてスタッフに「あの床材はなんて言うの?」って訊いたらしい。そしたら「あれはパンチカーペットです」と答えたらしい。そこで、ふとひらめいた演出家さん「裏面のザラザラした面を使ったほうがよくない?」と言い出して、演出家の鶴の一声で裏面を表に使うってのが決まったらしい。最終的にそのコラムは「パンチカーペットを裏で使うなんて世界でもアタシだけウフフ」みたいな感じで自慢気に締められている。名前も知らなかった素材の仕様に関してずいぶん自信たっぷりだが、そんなの現場で何回かみたことあるよ。しかも大手商業演劇の現場で。
 大手商業演劇でときたまにやることを世界で思いついたのが自分だけと言わんがばかりの勢いで語る女。いや、「世界で自分だけ」と思っててもいいんだけど、いちいち自慢げなんだよな。自慢する前に「本当に自慢できることなのか?」という検証がない。遠慮がない。どうせ自慢するんならパンチだけで舞台の全構造体を支えてしまうとかぐらいのことしてから言えよ。

 これは一例なのだが、目を背けているつもりでもこういう断片的な情報がちょこちょこ入ってきて、その度にますます松尾チルドレンが、そして師匠の松尾が嫌いになっていくのである。まあその辺の輩と俺の活動上絡むこともないから気にしなくていいんだけど、漫画雑誌をたまたま開いたら連載が…みたいな感じで時々視野に入ってくるの勘弁してほしいな。

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togetter常連とは何なのか? [雑感]

 はるか昔、アグネス論争の頃から人がアツく、論戦を交わしているのを見るのが好きだった。政治や社会について真剣に討論しているのを単にエンタメとして消費するのが好きという、タチの悪い趣味。社会の向上に役立つとは決して言えない趣味。どこそこで論戦が起きているという情報をキャッチしては議論観戦を楽しんでいたが、インターネット時代になってからは、そういう議論が起こりがちなサイトをブックマークに入れては定期的にチェックする日々だった。で、震災以降は放射性物質の人体への影響が国民的な議題としてクローズアップされ、各所でエキサイティングな罵倒合戦が繰り広げられたが、その頃からtogetterをよく見るようになった。ツイッターを始めたのもその頃で、ツイッターは以前から周りに勧められてはいたが、togetterを眺める時間が伸びるにつれ、自然とツイッターのシステムや空気に馴染んでいった過程がツイッターを始める強いきっかけとなったことは間違いない。
 で、自然とあちこちのページに現れる常連的なアカウントは自然と「ああ、こういう人はこういう立場で、こういう論法なんだ」って感じに覚えていく。最初は「放射能や原発について一言ある人」つまり専門家またはその話題について人一倍興味を持ち、人一倍勉強し、知識を高めているアマチュアだけどエキスパート的な人たちが常連なんだと思っていた。もちろんそういう人もいっぱいいた。だが、何人かは原発、放射能に全く関係ない芸能ネタとかにも書いてて、「あれ?」と思った。まあいい。複数ジャンルにわたってエキスパートな人は世の中にはいっぱいいるはず。だが、ギャグ的なネタのテーマにも反応して「まあ、面白かったです」なんてコメントをしてるのを見るにつけ、「この人達は何者なんだろう」という疑問が頭をもたげてくる。あるテーマについて議論が起こってる時、「俺はこのテーマには一言あるんだ」というスタンスで参入してくるのではなく、そういうハードル一切なしにナチュラルに切り込んで来る、togetter世界の主たち。彼らは何者なのか?大学にtogetter同好会でもあるのか?雑学王なのか?ものすごく暇なのか?有名コラムニストなのか?みんな何かライフスタイルとかに共通のものでもあるのか?それともみんな職業も年齢も性別も趣味もバラバラな連中なのか?とりあえずいくつかのtogetterを漁って「あらゆるジャンルで出現するアカウント」をいくつか見つくろってみた。
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みちがみあきらさん。ソース厨。あらゆる話題に証拠を求めないと気がすまない。ところがまとめられている人は基本togetterに論文を書き下ろしてるのではなく、ツイッターに気軽に書いてるのをまとめられただけなので、それは日記であり、雑感であり、世間話であり、「本当かどうか確証がないのですか?」みたいに詰め寄られても困る事が多いだろう。全くの正論なのだが、困ってしまうのである。
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さいろさん。句読点や空白の入れ方が独特なポエムのようなレイアウトの文章を書く人。
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ちくわさん。「〇〇なちくわさんでした」と文章を結ぶことが多い。つまり、常連としてtogetterのヌシとして認知されている自負のもとに文章を書いている。一見さんなど糞食らえ!
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言葉遣いさん。独特の切り口だが、あまり覚えてないや。
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カトリスさん。
スクリーンショット 2015-07-05 2.52.41.png
ええと。読めない。
スクリーンショット 2015-07-05 2.51.47.png
ネオログカッッターさん…でいいのかなー。
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猫船長さん。
 
 フォロワーが1,000超えてるのは一人だけで、どうやら有名コラムニストはいないようだ。つうか有名ツイタラーもいない。普通のリア充レベルのフォロワー数である。togetterは何千、何万の人がROMしてるので、彼らの名前を何となく覚えてしまった人も多いはず。つまり、一般人よりすでに知名度高い状態にあるわけで、それでフォロワー数がリア充レベルということは「魅力ある書き込みをする人」という認知がなされていないということだ。つまり「人気のないくせに声のでかい人」という風にみんな捉えているということだ。
 それでもあらゆるジャンルに書き込まなければ気が済まないメンタリティってなんだろう。ちょっとみんな気になるだろ(俺だけかな)?


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やはりクソ企業だった日本郵便 [雑感]

 郵便受けを開けると中はギュウギュウに詰め込まれた投函チラシの束。「違法業者め。そういえばポスティング中に通りかかって間違って『おはようございます』って言っちゃったことあるな。むしろ殴るべきだったのに」などと、心のなかでつぶやぎながら、その中からごく数通の俺宛の郵便を選び、あとは郵便受け下のアパート共通チラシ捨場へポイ。
 「あれ?督促状だ」
 確かに俺は今も借金はしているし、一時はプロミスやらマルイやら多重債務者状態だったこともある。色んな所から借りてきた。だが、俺は基本優良カスタマー。遅延とかほとんどしたことないんだけど…つうかカードの支払とかいくつか抱えてるけどどれも基本引き落としなんだけど…何?セゾン?俺セゾンカードなんて持ってたっけ?
 おかしいなと思って表を見ると…あ、俺宛じゃないじゃん。202号室。隣じゃん。宛名も初めて見る名前。
 あぶねー。6万(請求額)今出るかなー。払うと今月の予定狂うかなー明日のおかず考えなおそうかなーとか考え始めてたじゃん。
 そのまま廃棄しようかと思ったが、そのせいで顔も何回かした見たことないお隣さんが強制執行やら口座凍結やらマグロ漁船やらになってもちょっと心苦しいので、日本郵便に電話。すると「回収したい」とか言ってる。馬鹿か。宅配の再配達の段取り組むみたいにアポイントメント固めてある一定時間に風呂もちょっとコンビニ行くのも我慢して家でじっとしてろと?こっちは義務もないのに厚意でご配達の連絡してるのに、さらにそこまでする筋合いないだろ。どっちのミスだと思ってるんだ。郵便受けに戻しておくから勝手にもってけよ。

 それで思い出したのだが、3〜4年前、仕事で大阪行くチケットが送られてくるはずなのがちっとも来ない。追跡番号もらってるのでネットで調べると、「不在で持ち帰りました」とある。しかも2回も。しかもそのうち一回は在宅中だった。不在票なんて入ってない。「不在票入ってなかったよ」と告げると「絶対入れた」と、譲らない。しかもその2回は配達員が別なのでどっちも入れてないとは考えられないと。
 そん時は
●近所のワルガキが郵便受けあらしをイタズラで行い、何故か不在票だけを持ってった
●カラスが何故か不在票だけを持ち去った
●実は俺、夢遊病者で眠りながら不在票だけを郵便受けから持ち出し、どっかに捨てた
 なんていう常識上ありえなくても可能性がゼロない何かが起こったかも知れないなんて思ったが、普通にお前ら違う郵便受けに入れてくんじゃん。

 今回のも「ひょっとして俺、隣の郵便受けから取っちゃった?」と一瞬青くなったが、いっしょに取った郵便物は明らかに俺宛であり、俺は間違えてない。隣の郵便受けを開けるというミスは万に一つ人はしてしまうかもしれないが、間違えて2つの郵便受けをたてつづけに開け、そのまま忘れるなんてことはない。

 今回の件で日本郵便は結構重大なミスをするということが分かりました。元公営だから安心できるなんて夢にも思わないように。でも本当に問題であり、また腹が立つのはミスするくせに自信満々に「ミスしてない」と、言い張ることです。自浄作用がないこれではサービスの向上などとうてい望めませんね。


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鼻責めヤメロ [雑感]

 いや、やっても別にいいんだけどね。ただ、あまりにも鼻責めシーン多すぎて。

 え?何の話かって?AVの話だよ。ハードSM系の。

 昔はそんなに多くなかった気がする。これ、最近の傾向だよなー。ハード系だと必ず一本にワンシーンはある気がする。好きじゃないのでそこは早回し。まー早回しする責めの種類は別に鼻責めだけじゃない。一本のビデオ作品に様々なプレイが盛り込まれ、また、ユーザーの守備範囲もそれぞれだから、みんなそうやって、早回ししたり、「このシーン余り好きじゃないなー。早く終わんないかなー」と思いながらAVを鑑賞していると思う。だが、あまりにしょっちゅう毎回毎回だと「いいかげんにしろ」と言いたくなる。しかもたいてい長いしなー。鼻フックばかりか、鼻にこよりつっこんで鼻水出させたり、牛乳をシリンジで注入したり、延々とやるよなー。

 困るのはその鼻フック鼻水ぐちゃぐちゃのまま他の責めシーンに突入し、俺のツボをつく好きな責めと鼻責めの複合技になる時だ。非常に悔しい気分になる。今は可愛い娘もハードなシーンやる人が増えているとはいえ、やはり好みの子がが好みのプレイに突入するシーンは貴重だ。パッケージやお試し動画をひたすら漁ってそれなりに苦労して好みの顔の子を探り当てて観てるのに、おしりを叩くシーンだって見たいのは叩かれてるおしりだけじゃなくて、切なそうに耐え忍んでいる可愛い子の表情なのに、そこで責められているのはブスに変貌させられた「かつてかわいい顔であったモノ」だ。なんでわざわざブスにするかねー。可愛い子がひどい目にあってる素敵で貴重なシーンが目の前で展開されているのに、鼻責め前の顔がどうだったかを想像しながら見なきゃいけないなんて、理不尽この上ない。

 鼻責めの魅力って何なの?鼻は別に性感帯じゃないし、鼻フェチ人口も少ないだろう。また、プライベートでも変態を公言して長いこと生きてきて、「お尻を叩かれたい」「縛られたい」という女性を何人も見てきたが、「鼻責めして欲しい」子にはあったことがない。鼻責め好きはさぞかしリアルの相手見つけられなくて困るだろうな。ザマーミロと、言いたいが、あ、だからビデオにそれを求めるのか。困る。非常に困る。

 多分女性の顔をブス顔にすることで女性のプライドを傷つける効果が重要なんだと思う。じゃー自信満々そうなタカビー女だけを狙ってやれよ。気の強い女の気位をへし折ってやれよ。俺は見ないけどな。俺が好みとする控えめそうでイモっぽい小動物系の子にやるのはあまり需要がないんじゃないの?

 例えばイモっぽい小動物系の可愛い子としてはトップクラスの愛代さやかちゃん。
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すでに豚鼻と言っては失礼だが、ちょこんとした小さめの鼻がチャームポイント。鼻責めのやりがいも少ないだろう。やめろ。直ちにやめろ。

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(だが、必ず鼻責めを受けてしまう)。

また、ハード系もこなす小動物系美少女としてもっとも有名な南梨央奈ちゃん。

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鼻責めですべて台無しである。

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やるならこういう強そうな顔の女をやれよ。
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原紗央莉さん。さぞかし鼻責めのしがいがありそうな強そうなルックス。まあ俺は見ないけどな。

鼻責め全部ヤメロとは言わないが、もう少し控えめに展開してほしいものだ。特に俺が好みとする責めを展開してくれるアートビデオのまるかつさん、中嶋興業さん。

 

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1人の変態が出来るまで [雑感]

 かつて東北の寒村に1人の少年がいた。小学校時代は活発でひねくれたところのない子供だった。
 サッカーが好きで走るのもまあ得意だったので、中学校に入ったらサッカー部が陸上部がいいなーと思っていた。田舎の中学校はほぼ全員が運動部に入る。部活やらずに帰宅する子は少ない。
 だが、いざ入学してみたらサッカー部も陸上部もなかった。Jリーグなどない時代だったが、小規模な学校とはいえ、部活のラインナップにおいて、サッカー部の優先順位は高いはず。だが、なかった。剣道とか柔道はあったので、偏った部活編成だったと思われる。で、少年はどうしたか?どこにも入らなかった。クラスのほとんどが部活に所属し、放課後を過ごす中、1人帰宅するようになった。この頃の子供は部活などで人間関係やらいろいろと学び、またスポーツに熱中することが青春の思い出となり、のちの人格形成に影響をもたらすのだろうが、それがなかった。少年は大人になり、振り返ってこういう「中学にサッカー部、陸上部がなかったことがそもそもの始まりだったと思う」
 1人家に帰っても周りは田んぼと果樹園と森しかない。クラスメイトはみんな部活。遊ぶ相手も場所もない。少年は本を読むようになった。「中高時代が一番本読んでたなー。今はあまり読まない」大人になった少年は当時をこう語る。
 それと連動してかつて活発で社交的だった少年は寡黙になり、クラスメイトたちの馬鹿騒ぎにも積極的に乗らなくなり、マジメでおとなしいやつというポジションをクラスの中で勝ち得ていく。当時校内暴力全盛期で、ちょっとへタレ目の生徒ですら、すこしはヤンキーテイストをライフスタイル、ファッションに取り入れていて、クラス総ツッパリ化現象が起きていたが、そのウェーブにも乗れなかった。すでに「マジメ枠でいいや」と思っていたので、乗ろうと言う気もなかった。え?イジメられたんじゃないかって?気がつかない形でのイジメはあったかも知れないが、明確な迫害はなかったよ。あまりに異質なものは打たれないものだよ。
 自らの真面目さに洗脳されたのか、高校に入るとガリ勉ってかっこいいなという妙な価値観に取り憑かれ始める。学園ドラマとかで出てくる青春を謳歌してるクラスメイトを冷たい目で見下ろしている嫌なやつ。ああいうのにちゃんとなりたいという謎の価値観というか美意識にとりつかれていった。「こいつ実は勉強家だな」と思われているクラスメイトは他にもいる。だが、ガリ勉感むき出しで学園ライフを過ごしてる奴は実際にはそういない。
 そこでガリ勉の限界にトライする日々がある期間続く。どのくらいガリ勉だったかというと、休み時間はもちろん机に向かっている。体育祭的なものは休む(勉強のため)。文化祭も休む(勉強のため)。不思議に先生に怒られることはなかった。で、修学旅行も行かないと言い出したのだが、これはさすがに親、教師両方に止められた。しょうがないので勉強道具離さないまま修学旅行を過ごしきった。
 当然オナニーもしなかった。時間、体力の無駄というより、性への関心自体が膨大なエネルギーを奪うと思っていたので、性への関心禁止を自分に課した。ところがそんなのうまくいくはずないよねー。性欲真っ盛りなんだから。当然時々夢精する。今でもそうなのだが結構明晰夢の持ち主である。つまり、「あ、夢だ」と自分で分かる。調子いい時は夢の内容をコントロール出来る。夢の中ぐらいいいだろ?エロいこと。と、夢の中の自分が思う。で、夢精するんだけど、当時の夢の内容はすべてレイプだった。高校は男子校だったので中学に戻ってクラスメイトを犯した。何故か一番憧れていた娘はターゲットから外していたのが今となっては興味深い。「イチャイチャする夢とか見てないなー」と、大人になった少年は語る。
 当時はエロ動画もエロビデオもない時代。エロ本読みたいなーと心のどっかで思っても性禁止なので買わない。ちょっとエッチなシーンのある少年マンガとかみんな読むんだけど、当然マンガ禁止も自分に課しているので買わない。で、少年はどうしたか?目を背けようとも溢れてくる衝動をどうしたか?ついに我慢しきれなくなって、自分のエロ妄想を絵心まったくない下手くそな絵で表現し、眺めていたのである。エロ絵描くんならエロ本やマンガ買ってもいっしょじゃんって思うだろ?全然禁欲になってないじゃんって思うだろ?全くそのとおりなのだが、まあ人間とはそういう矛盾した愚かな生き物なのである。
 ある日家を片付けていた母親にその絵が見つかった。その絵の内容というのが…裸の女性がまあ描かれてるのだが…回転するノコギリで拘束された女性の股間を破壊してる絵だった(吹き出す血も描かれてた)…この事件はものすごく恥ずかしかったが、母親のショックの相当なものだったろうなー。
 自らの性衝動に背を向けすぎて歪んでしまったものと思われる。そのうち「エロ本はダメでも読書ならいいだろ?文学ならいいだろ?」という合理のかけらもない「法の例外」を自分に認め、エロい本を読み出す。富士見ロマン文庫というのが当時あって、エロの名作を出していた。サドとかアポリネールの「一万一千本の鞭」とか「O嬢の物語」とかそうそうたる品揃えだったが、俺が注目したのはビクトリアン・エロチカと言われる一連の作品だった。ビクトリア王朝の頃のイギリスは女性が厚く保護され、女性の地位が高かった。するとその反動で男たちは女性をいたぶり虐げる小説を書き、地下出版し、密かに流通させていたのだ。「A Man With a Maid」シリーズというのがあり、とある貴族があるお屋敷に引っ越したら、何故か地下室があり、様々な拘束具がおかれた拷問部屋を見つける。その部屋を利用して反抗的なメイドを…というやつで、愛読していた。読みながらオナニーすればいいのに、オナニーは禁止なので、読みながらいつしか眠り、その夜は夢精…というのを繰り返していた。
 まあそんな高校生活を送っていたのだが、やはり若き衝動には逆らえない。ついには我慢しきれなくなり、オナニーを解禁してしまうのだった。それが忘れもしない高校3年の元日だった。受験上一番大事な時期。もう数ヶ月我慢すればいいのにね。
 大学入って一人暮らしが始まってからはもう、オナ禁とか関係なくなり、エロ本とか普通に買うようになる。だが、その時点で買うのはSM雑誌とかだった。ノーマルなのに興味がなくなっていた。そしてずっと何十年もそのまま変態だと、大人になった少年は語る。そして、彼は話をこう締めくくった。
 「若い時は普通に回りの男子とバカなエロ話して盛り上がったり、スポーツに勤しんだり、恋愛したりしたほうがいいよ。禁欲は歪んだエロを生むよ。まあ全ての原因は中学校にサッカー部がなかったことだな。」

 これを読んでる親御さんで「ウチの子供は反抗しないし、手がかからなくていいなー」と思ってる人。逆に心配しましょう。その子供は変態になるかもしれません。
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「美味しんぼ」もっとやれ [雑感]

 さて、巷で話題の「美味しんぼ」だが、俺の立場を表明したい。俺の立場は「もっとやれ」だ。鼻血描写なんて生ぬるい。もっとエグいの描けるはずだ。

 反原発界に流布する言説によると、震災以降新生児の7人に5人は奇形、または流産またはダウン症だという。
http://onodekita.sblo.jp/article/71335056.html これは反原発界ではオピニオンリーダー的な発言力を持つ熊本の医師オノデキタさんのブログ。ここで言われているように15人中12人という説もあるようだが、諸説あるにせよ「半数以上がフリークス」というのが運動家の中ではコンセンサスと考えて間違いないだろう。こんな状況が3年以上続いているのだ。3才以下の健常者率が半分を切っている。さらには奇形が産まれると役所から出生届の受理を拒否されるという話もある。出生届って赤ちゃんを連れて役所に行くわけでもないし、産婦人科から役所に「奇形が産まれたぞ」って連絡がいくわけでもないのに役所側はどうやって分かるのかさっぱり分からないが、反原発界隈ではそういうことになっているのだから仕方がない。

 これはすごいことで病院や保健所、あるいはママ友が集う井戸端会議の現場とかもさぞかし強烈な光景が展開されていることだろう。鼻血なんて微妙なネタ描いてないで是非それを描写して欲しい。花咲アキラ氏の緊張感のない絵柄で街を跳梁跋扈するフリークス軍団を描出して欲しい。読みたい。そんな「美味しんぼ」が俺は読みたいんだ。

 「まあ、ひどい」を連呼する栗田さん。「キイイ」と怒りのおたけびを上げる富井部長。そして最後に井戸川さんの一言「言わないだけなのです」で締めて欲しい。

 そこまでやれば、「美味しんぼ」バッシングを展開している安全派、推進派、放射脳批判派、アンチ風評被害派の皆さんも誰も何も言わなくなるかも知れない。「こりゃ何言ってもしょうがない」と。出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭は最早誰も打つことはない。



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芸人バーまた行きたい [雑感]

 その頃、俺は設備雑工の仕事でとある建築現場に通い詰めていた。そこで行われた俺と親方との会話。
「中野に女芸人を集めて接客させているバーがあるらしいっすよ」
「へえ。可愛い娘いるのかなー、そこ」
「いや、きっとアジアンの隅田とかたんぽぽの川村とかそういうのばっかですよ、きっと」
「行きたいねえー」 

 と、いうことで意気投合し、俺と親方と二人、とある土曜日の夜に訪ねてみることにした。そのバーは中野と新中野の中間地点、どっちの商店街からも外れたただの住宅街の中に立地する。入れ替わり立ち替わり合計4名の女性とお話しすることが出来たが、期待通り全員ブスだった。3人はデブ。TVで見る有名女性芸人もデブ率高いけど、芸人の卵さんたちもやっぱりそうなんだー。そして、もう1人はデブじゃないし、それほどブスでもなかった。ただしスラブ人。中央アジア近辺の旧ソ諸国のうちのどれかの出身だと言ってた。どの国だったかは忘れた。だってあの辺国がいっぱいあってどれがどれだかすぐ分からなくなるじゃん。

 何をしゃべったか余りよく覚えてないが、楽しかった。キャバクラなんか行っても共通の話題なんてなく、沈黙が流れ、必死に話題を探し、話題を見つけてもたいして盛り上がらないので何とか面白くしようとがんばり、とにかくがんばり、「俺は高い金を払ってなんでこんなことしてるんだ」という暗澹たる気持ちで店を後にすることが多いわけだが、そんな風にはならなかった。音楽の話とかしてたかなー。当時日本の歌謡界は享楽的なダンスミュージックが著しく後退し、センチメンタルまたは励まし系なバンドばかり流行ってたので、「昨今の日本のポップスはダメ。韓流の方がマシ。でもフェアリーズは頑張れ」みたいな話して盛り上がった気がする。ブスとはいろいろと話が合うことが分かった。ブスの方が楽しくしゃべれる、それは男として幸せなのか?まあ今は深く考えないでおこう。

 そんなわけでまた行きたいと時々思う。芸人目指すブスの方々とまた楽しく話したいなー。本公演おわってからだな。

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やっぱり一匹狼 [雑感]

 小劇場界においては一匹狼をきどった言動が多い俺だが、「一匹狼」は基本かっこいいので、「本当はそれ程でもないのに、かっこつけたいがために誇張して言ってるんじゃない?」と、人に言われそうだし、自分でもふとそういう疑念はわかないでもない。まあ例外的に交流のある演劇団体も2つぐらいはあるし、「一匹狼」が正確な表現じゃないのは分かってるよ。

 だが、基本自分とこ以外の小劇場は基本的に嫌いだな。敵だよ。敵。

 昔、新感線ってとこの某役者に偶然会うことがあり、向こうが何故か我々のことを知っており「あなたがゴキブリコンビナートですか。一度見たいと思ってるんですよ」とまで言われたが、「僕も新感線一度観たいと思ってるんですよ」とは返せなかった。こういうのは、社交的あいさつというものであり、嘘で塗り固めた言葉の応酬が常識なので、そう返すべきだったのだが、ダメだった。だって別に観たくないもん。こんな性格だから制作弱いんだろうな。
 「だって観たくないもん」って書いたが、実はそれに対しても疑念が芽生えることがあった。単に食わず嫌いなんじゃないか?実際観たら面白いんじゃないか?一匹狼を気取りたいからそう自分に暗示をかけているだけではないか?
 未だ見たことない新感線に対するイメージは、「観た後何も残らなくていいから、とにかく派手にやる。照明も視覚的な仕掛けもこけおどしでいいからとにかく豪華に」ってな感じだった。はっきり言ってそのコンセプトには全面賛成である。演劇のアトラクション化を目指す俺に反対する理由はない。だとしたら、やっぱり食わず嫌いで、実際観たら面白いのではないか?
 だが...

 久しぶりにバルト9行ったら、例によって「ゲキ×シネ」とかいうやつを大々的に広告していて、予告編を観ることになった。新感線のお芝居のダイジェスト的なものがスクリーンに流れた。

 やっぱり嫌いだよ、俺、コレ。

 セリフのトーンとか、ギャグの作る空気とか、全部イヤ。不快。気持ち悪い。ミュージカル的な演出もちりばめられているんだが、何故ミュージカルをやるかの理由が俺と全く違うのが明確に伝わってくる。どうイヤなのか論理的にここで説明することは出来ない。生理的な部分もあるから。人間の種類が違うとしか答えられない。
 やつらもゴキブリコンビナートに気持ち悪いなんて言われたくないだろう。「気持ち悪いのはお前だ」と返したくなるだろうが、それで結構だと思った。そういう関係性なのだ、人間の種類として。
 だが、思うのは別に新感線だけが、特別気持ち悪いわけじゃない。新感線に罪はないのだ。小劇場というのはそういう場なのだ。ああいうのが気持ち悪いという俺の気持ちを分かってくれる人間はこの小劇場界にはほとんどいないだろう。だが、俺は思う。世間一般の感覚として俺の抱いた気持ちは決してマイナーではない。あれを気持ち悪いという人は小劇場の外にはいっぱいいるはずである。
 ちなみに「なんでもいいから派手にやれ」コンセプトといえば、他に劇団四季とかが思い浮かぶが、四季の芝居は別に気持ち悪くなかった。TVドラマやアニメ、映画等で行われるお芝居的な事象全てが気持ち悪いわけではない。小劇場とその界隈に蔓延するある種のセンスに拒絶反応があるようだ。どこからどこがダメなのか?何は許せるのか?今後も検証していきたい。
 とにかく、「よく知らないから明言できないけどどっちかっていうと嫌いかな?」という印象だった新感線が「明確に嫌い」になった。それと、「食わず嫌いでたいした根拠もないのでは?」という疑念が多少軽減され、「やっぱり一匹狼でいいや」との決意を新たに固める俺なのであった。

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共通テーマ:演劇

オリンピックが楽しみだ [雑感]

 「え?今年オリンピックなの?」
 次回夏期オリンピックまであと○年、W杯までまであと○年とかしょっちゅう指折り数えるほどスポーツ好きではないので、大体ひとに言われて気づく。ほう、今年なのかと。
 冬期で楽しみなのは、いろいろお騒がせ選手が現れること。前回は「反省してま〜す」「チッ、うるせえな」の国母さんだっけ?その前は今井さん。今井成田兄妹。
 今井さんは、複雑な家庭環境、ラップ、整形、兄妹そろってキラキラネーム、あっという間の離婚、風俗勤務、ヌード発表等、出てくる話題がいちいちDQNとして完璧!!今でもその動向から目が離せない。
 さあ、今年はどんなキャラが登場するのか、今から楽しみだ。スポーツニュースをしっかりチェックしておこう。ちなみに競技は見ない。
 夏期オリンピックではあまりその手のニュースは出ない。何故なら基本的にスポーツってのは中高の部活あたりを競技人口のメイン層としていて、そこから勝ち上がってきた優秀な選手が晴れの舞台で活躍する。そこでは鬼コーチ、鬼先輩による封建的、軍事教練的なしごき、スパルタ指導が行われ、精神主義、根性論が人格形成の根幹までしみついたキャラクターとして成長する。
 実は企業もそういうキャラが欲しいので、採用ではスポーツマンタイプが優先的に採られる。就活入門みたいな本を読むと「スポーツに縁のない学生生活を送っていても、『何かスポーツやってましたか?』と訊かれたら、強引にでもやってたことにして答えよう。」って書いてある。「体育会系」は単にスポーツ界だけの話ではなく、日本の社会、経済の成り立ちの根本によこたわる何か重要なものなのだ。
 まあ、それは余談として、夏期オリンピックに出てくる選手は、高校球児と同様、日本スポーツ教育の精神論で徹底的に洗脳された人たちなので、基本ひたむき、疑うことを知らない一本気な性格の人間が多いはず。少なくとも表向きはさわやかで純真、それを演じることに長けた人たちであろう。中身はただのチンピラみたいなやんちゃ坊主も多いかも知れないが、それを表に出さない術を熟知している。
 ところが、ウィンタースポーツはちょっと違うノリを感じる。単にレジャーっぽいというのではなく、いや、その面も重要なのだが、例えばスノボとかは、グラフィティ(落書き)とかと同列のあの手の文化の一翼を形成している。ラップのスキルを上達させるのと同じノリで打ち込むので、ファッションの一部あるいはファッションと同等に打ち込むべきもの。腰パンだからまじめじゃないなんて非難するのはお門違いだ。彼らは真面目に自分が属する文化のスタイルを貫いている。あれが彼らのTPOなのだ。そのTPOとは「悪そなやつは大体友達」というTPOである。
 夏期オリンピックや高校野球と同種の「部活のTPO」で評価してはいけない。チャラいやつがスノボに打ち込んだとして、打ち込みすぎてチャラくなくなったら、彼らの文化的文脈のなかでは「負け」である。それは国民の期待なんかよりずっと重要なことだ、彼らのライフスタイルにおいて。
 そんなわけで、冬季オリンピックにおいては代表選手が、「え?」って言うような言動を次々に起こす。彼らにとっては普通のことでも、我々はビックリする。それはもともと棲み分けされている異文化が接触する貴重な機会であり、その違和感を楽しむべきなのだ。さあ、今年はどんな印象深いエピソードを提供してくれるだろう。大変楽しみだ。

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